須磨海岸を走る懐かしの寝台特急なは号

おはようございます。

苦手な満員電車の車内から、今日も鉄道ブログをお伝えいたします。

今朝のブログは、2008年3月のダイヤ改正で廃止された、寝台特急なは号の写真です。

撮影したのは2005年8月でしたので、今から13年前になります。

EF65PF牽引し「なは」のヘッドマークを付けて神戸の撮影地、須磨~塩屋を走るシーンは、もう見られなくなり、残念な気持ちですが、オールドファンにとっては、懐かしい気持ちになった人も、多いのでは無いでしょうか。

今から寝台特急「なは」をJR西日本で再現したとしても、EF65PF機関車に12系客車で運転か、サロンカーなにわの14系を使用した、臨時特急「なは」としての運転になりそうですね。

まあ原色塗装に拘るならば、EF65PF+12系客車の組み合わせで、妥協するしか無いですが、JR型車両で運転となると、681系又は683系で、京都又は大阪から発車し、JR九州に乗り入れて、鹿児島中央に行くしか無さそうですね。

まあ681系や683系も、走れなくは無いですが、JR九州の乗務員が訓練運転を、何度も行わなければならない事や、保安装置の交換や取り付け改造も必要になり、一過性のイベントで投資するには、費用効果も薄い感じですから、実現の可能性は低いですね。

平成も終わりに近付き、少子高齢化で鉄道乗車人員も、大幅に見込めない時代になり、これからJRも苦戦するかと思います。

今までの輸送力増強から、エンターテイメントを取り入れた、鉄道輸送にシフトする時代に、来ているなあと感じながら、これから素人的考えにならながらも、鉄道ブログを通じて、考えて行きたいと思います。

それでは今日も、楽しいひとときを、どうぞお過ごしください。

※写真は山陽本線の撮影地、塩屋~須磨間を走る、寝台特急なは号の新大阪行き。
寝台特急なは号は、2005年10月のダイヤ改正で、同あかつき号と併結運転になり、2008年3月のダイヤ改正で廃止された。

撮影日2005年8月


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