712両が製造された東武鉄道8000系電車

1963年から1983年に掛けて、712両が製造された東武鉄道8000系電車(以下8000系)は、東武線の鬼怒川線等を除いて、長きに渡り運転されて来ました。

最近は、新しいアルミ車体の次世代新車により、8000系は廃車解体されておりますが、まだ約200両前後が、運転されておりますので、暫くは営業運転されている姿を、見る事ができそうです。

都内でも亀戸線大師線は、8000系が最小2両編成で運転されており、都内の本線系統では、見掛けなくなって乗れなくなった8000系を、気軽に乗れるのは嬉しいのでは無いかと思います。

日本の高度成長期と、東京やその近郊の沿線人口増加により、大量生産された8000系電車も、東武鉄道オリジナルの塗装で運転されて来ました。

8000系デビュー当時は、写真の様な塗装でしたが、1974年以降の増備車は、セイジクリーム1色になり、塗装コスト削減と効率化によって、その前に製造された車両も、検査の時に塗り替えられました。

8000系も私鉄の103系と言われて来ましたが、国鉄103系がコイルバネに対し、8000系はミンデン台車の空気バネでしたので、乗り心地な遥かに8000系の方が良かったです。

8000系も712両が製造されながら、約40年近くに渡り廃車は出ませんでしたが、デビューから間もない頃に、伊勢崎線の踏切で、トレーラーと衝突したクハ8139は大破いたしました。

まあ実質的には、車両は廃車になったと思いますが、税制の関係等?から修理扱いで復活し、車両番号も元番号のクハ8139で、復活した様です。

8000系も甲種回送される際は、当時の国鉄線(元JR線)を、機関車に牽引されて東武鉄道に引き渡されましたが、メーカーも多種多様だったものの、よく目にしたのは富士重工業製(宇都宮市)や、アルナ工機製(尼崎市)を、目にいたしました。

アルナ工機製は、尼崎から東海道本線を経由して、東武鉄道に引き渡されましたので、牽引機の機関車でEF60やEF65EF66が、甲種輸送に就いて8000系を、牽引しておりました。

その当時に8000系の甲種輸送を、1970年代に大阪周辺の撮影地で、撮り鉄された方々も、いらっしゃるかと思います。

勿論、関東周辺の撮影地でも、8000系の甲種輸送を、撮影された方々も多いかと思います。

8000系も712両製造されながら、海外譲渡の話も無く、廃車解体されるのは残念ですが、やはり特殊なミンデン台車のメンテナンスと、塗装が必要で今後の腐食を考え、海外でも引き取りを、躊躇する結果になってしまったのでしょうかね。

もし8000系が海外に譲渡される場合になったら、最後のJRの甲種輸送になりそうですね。その時は牽引機も国鉄型機関車の、EF64やEF65PFが牽引するのでしょうか。

まあ海外で8000系ファンの、国が有れば東武鉄道と折り合いを付け、交渉次第で8000系も一掃できそうですね。

鉄道ファンとしては、東武線で8000系を撮影するよりも、JR線でEF64やEF65PF等が、牽引して高崎線武蔵野線等を、運転する機会を望んで居そうですね。(笑)

今朝の鉄道ブログは、ちょっと次元が大きくなってしまいましたが、こんな妄想や思惑も視野に入れ、8000系の動きを追ってみては如何でしょうか。

※写真は東武東上線の撮影地、玉淀~鉢形の荒川橋梁を走る、8000系電車の普通列車寄居行き。

8000系がもう一度、JR線の線路を海外譲渡等で、甲種輸送されるシーンを、カメラに収めたい鉄道ファンは、多いかも知れない。

撮影日2016年6月



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