今から32年前の1987年4月1日、当時の国鉄は巨額の赤字を抱え、JRとして6社に分割されました。
国鉄からJRに分割を推進させたのは、当時の総理で有った、中曽根康弘元首相でした。
その元首相の中曽根さんが本日、101歳でお亡くなりになりました。
当時の公約で分割民営化をいたしましたが、32年経った現在、その公約はほとんどが、失われました。
JRになって30年以上が経ち、国鉄型車両も老朽化等で大半が、姿を消しておりますが、日本と言う島国で民営化はやむ負えなくても、分割にしたのは果たして、正しい選択だったのか、今でも疑問に残ります。
日航ジャンボ機の墜落事故やプラザ合意等で、渦中の元首相でしたが、真相を知れずにお亡くなりになった事は残念ですが、心からお悔やみを申し上げます。
※写真は国鉄時代末期に製造された185系電車。
185系もここ数年は廃車も発生し、来春には特急踊り子号からの撤退も、発表されている。